ホットペッパーのイケメンに誘われて異世界に迷い込んだ話。
こんにちは。
「キサラギ駅」?という、ネットのまとめ記事を読んで、異世界と言えばという話を思い出したので、今日はその話を書こうと思います。
あれは、まだ結婚前で、今の旦那と遠距離恋愛をしていた頃の話です。
真夏の暑い日の事でした。
サービス業で平日休みの旦那と、事務営業で土日休み私、ということで休みが全くかぶらず、2連休で会いに行っても、一緒に過ごせるのは夜だけという、通い婚状態だったんですよね。
その時も、昼前に旦那の仕事場近くについて、夜まで町でぶらぶら時間を過ごそうとしていたのですが、久しぶりの逢瀬だったのと、その時は3連休で行っていたので2夜連続一緒に過ごせるというのとで、テンションあがってたんでしょうね。
どうせなら、待っている間に美容室にでもいって、思い切りイメチェンをし、彼氏をびっくりさせてやろうかしら。
とか可愛い事を思いついた訳です。
早速そこら辺に置いてあったホットペッパーでいきなりでも行ける美容室を探していたら、小さい広告にめっちゃイケメンが載ってるが目に留まって、
いつもなら、
あんまりイケメンだと緊張して何も話せなくなるから、そこそこの人か、女の人がいい。と思うシャイガールの癖に、その日に限って、どうせやって貰うならかっこいい人がいい!!
とか思っちゃって。
今思えば既に異世界に誘われてたのかな。
その時いた場所から近かったし、初来店でカット+カラー+パーマのコースがかなり安くなるというプランがあるという事で、予約とって行ってみたんですよ。
美容室が入っている雑居ビルの入り口についた時点で、既に嫌な予感はしてた。
変だなー。嫌だなーってね。
最上階にある美容室の看板が一階にも置いてあったんだけど、なんか、
そこら辺で拾ってきたすのこを分解して看板っぽくしたよ。流木とか使ってみたよ。
フリーハンドで描いたよ。おしゃれでしょ。みたいな、海の家かな?みたいな看板で。
あれ?なんか、広告の雰囲気と違うな?とは思った。
あの広告だとどっちかというと、スタバみたいな、スタイリッシュなイメージだったけどな。って。
でもまぁ、まぁ、いいか。雰囲気はそんなに重要じゃない。
重要なのは、イケメンと、イメチェンだ。
そう思って、ボロッボロのエレベーターにのって最上階のお店に行く事にしました。
エレベーターが止まって、目の前がお店の入り口になってたんだけど、
その時点でね、帰ればよかった。
さっきの看板を、さらにごちゃごちゃさせた看板が出ていて、その前に、枯れかけたヤシの木みたいな観葉植物と、どこかの国の原住民が作ったっぽい不気味な木彫りの人形が多数、仲間になりたそうにこっちを見ている。
イヤーな感じがしてね。これはなんかおかしいぞと。
いつもの慎重な私だったら、この時点で帰ってた。まだ引き返せた。
でも残念ながらその時の私は、テンション高かった。恋する乙女だった。
もしかしたら、このゴテゴテした悪趣味なドアの向こうに、あの広告のイケメンがいるのかも知れない。ホットペッパー、ウソつかない。
そんな希望を捨てきれずにいたんですよね。純情ですよね。
とりあえずドアを開けてみよう。それから考えれば良いって。
何事もチャレンジだぞ!って。
で、意を決してドアノブに手をかけて、ぐいっと押しました。
中の様子を見た瞬間に、即閉めちゃえばまだギリギリ間に合ったかもしれない。
でも、閉められなかった。
ドアにはトラップがついていた。
カランカランってものすごい大きな音がする鐘がつけられてた。
すごい大きな音で、来訪者に注目を集めて、逃げられないようにするトラップだったんだと思うな。
多分、
悪い奴、即、斬る。みたいなノリで、
開ける、即、去る。
みたいなお客さんが相次いだんじゃないかと思う。その対策だったのかな。
とにかくそのトラップに見事引っかかった私は、奥のカウンターに座っていたおばちゃんに、いらっしゃいませーと言われてしまい、完全に退路を断たれちゃった訳です。
おばちゃんは、40代くらいで、
愛媛であった万博のキャラクターで、キッコロって知ってます?
おばちゃんは黄緑色のキッコロカラーの生地にキッコロの目と鼻と口が描かれた、
クソダサイTシャツを着てた。
昔付き合っていた人が、その万博のお土産に買ってきてくれて、「今度のデートで着て来てね」と言われて、あまりの嫌さに別れたくらいダサイTシャツだった。
手前のカット台には、白髪をオールバックにして後ろで束ね、変なアロハシャツとダメージジーンズに身を包んだ、50代くらいのおじさん(多分マイク真木を意識してる。以下:マイク)が、先客のお兄さんのカットをしてた。
一応、全体を見回してみたけど、あの広告のイケメンはいない。
30年前はイケメンだったんだろうな、と思われるマイクがいるだけ。
マイクが手に持っているのは、キラリと光るカミソリ。
カミソリですよ。美容室で。
先客のお兄さんは20代くらいで、この人も初めて来店したみたいだったけど、
お兄さんもトラップに引っかかり、逃げ切れなかったのでしょう。
やや引き気味にマイクとおしゃべりしてる。
「いやー、カミソリでカットなんて新鮮ですね。どんな感じになるのかなぁ・・・」
超田舎育ちの私は知ってた。
ある一定以上の年齢の美容師の中には、はさみの代わりにカミソリメインでカットする人々がいるという事を。
そしてカミソリでカットされた後は、尋常じゃないほどの枝毛が発生するという事を。
かわいそうなお兄さん。あなたもあの広告に騙されて・・・。
でもその時の私には、それ以上お兄さんの事を心配する余裕がありませんでした。
ドアの前から動こうとしない私に業を煮やしたのか、キッコロおばさんが私に近づいて来たから。
私は考えました。持てる全てを使って考えました。
とにかく早くこの場を離れたい。マイクには絶対に、この髪に指一本触れさせたくない。
「ご予約の方ですよね。今日はどうされますか?たしか、カットとパーマと・・・」
キッコロおばさんの言葉を遮って、とっさに口をついて出たのは、
「時間がないので、シャンプーだけお願いします」
嘘でした。時間はめちゃくちゃありました。
でも更に、
・同級生の結婚式のために昨日、地元に帰ってきた
・せっかく帰ってきたからと、これから他の友達ともプチ同窓会をすることになった。
待ち合わせまで時間があると思い予約をしたが、思ったより時間がなかった事にたった今気づいたのでシャンプーだけお願いしたい。
と畳み掛けるように迫真の嘘を重ね、クーポンを見せるために手に持っていたホットペッパーを握りつぶしてバッグへ。
普段から嘘なんかついてもすぐばれる性格なので、心拍数がヤバい事になって、すごく汗だくだった思います。
それでなくても暑い店内だったし。
内装は、ドアの前の看板とかと同じ雰囲気で、多分、バリとかハワイとかモルディブとか、あの辺の南国リゾートを目指しているんじゃないかな。
本物のリゾートと違うのは、雑居ビルの最上階にあって、冷房が全く効いておらず、
通気が悪くて、涼しい風も吹き抜けておらず、
天井でぐるぐる回るファンだけでは、全く暑さを凌げていないという点。
南国テイストのラブホテルみたいな、薄暗いサウナがそこにはありました。
私の不自然な嘘に納得したのかはわからないけど、キッコロおばさんはそれ以上深く追求する事もなく、ニコニコとシャンプー台に案内してくれました。
幸いなことに、シャンプーはおばさんの担当のようで、ぬるいシャワーでザザっと洗ってもらい、あとはドライして帰るだけというところまで。
我ながらうまく切り抜けた!と完全に油断していた私は、
おばさんの奇襲とも言える襲撃を避ける事が出来ませんでした。
「せっかくお友達と会うんだから、軽くセットしましょうか?料金はシャンプーの分だけで大丈夫ですよ。」
おばさん、まさかの切り口から切り込んできた!
さすがにこの親切心を退ける十分な言い訳をとっさに考える事が出来ず、
「あ、はい、ありがとうございます」
と答えるしか無く。
もしかしたら、ダサイのはTシャツだけで、ものすごくおしゃれにセットしてもらえるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、懸命に雑誌を熟読するフリをし続け、
「終わりましたよー、こんな感じです。」
と言われて顔を上げ、目にしたのは
吉永小百合みたいな頭。
もしくは演歌歌手みたいな頭。
一言で表現するなら、昭和。
「どうですか?」
と聞かれても
「清楚っぽくていいですね。」
と答えるしか無く。
あとはもう、2500円を払って、真夏の町中に生還した訳です。
振り向きもせずしばらく歩き、
燦々と照りつける太陽の、明るい日差しの中で我に返った時には
ほんの数十分前までいたあの雑居ビルの美容室での時間が、遠い夢の中の出来事だったかのように感じられ、
ものすごく面白いファンタジー小説を、熱中して一気に読み終わった後のように、
あるはずのない異世界に入り込んで、一通りの冒険を経験してきたかのような、
なんとも言えない感覚に襲われました。
この、変な髪型だけが、あの異世界が現実にあったと言う証・・・。
異世界では時間の流れ方も違うのか、体感的には2〜3時間経っているように感じていましたが、現実世界での時間ではまだ1時間と経過しておらず、
異世界から路地一つ向こうにあった美容室で、改めてカットとカラーとパーマやってもらって、髪型の方もなんとか平成に戻ることができました。
ところで、あのホットペッパーに載ってたイケメンは誰だったんだろう。
あれも幻だったのかな。
めでたしめでたし。
長いのにここまで読んで頂いてありがとうございました。